学びの入り口は「楽しそう!」でいい
―正頭英和先生に聞く、エデュテインメントが引き出すこどもの「好き」と主体性
彼ら・彼女らの好奇心のスイッチを押し、自ら一歩を踏み出すような主体性を引き出すために、大人はどのような「入り口」を用意し、どんな言葉を届ければよいのでしょうか。
今回は、Global Teacher Prize 2019で「世界の優秀な教員10選」に選出された小学校教諭 正頭英和先生にインタビューを行い、相手の視点に寄り添いピントを合わせる『言葉の解像度』や、「学び」と「遊び」の関係性について伺いました。正頭先生は、学びの入り口は「楽しそう!」という純粋な好奇心でいいのだと語ります。こども達の主体性に火をつける「言葉の魔法」を、前編・後編にわたってお届けします。
【インタビュー】正頭 英和 先生

小学校教諭。東京大学客員研究員。
関西外国語大学を卒業後、関西大学大学院で外国語教育学修士を取得し、京都市公立中学校、立命館中学校・高等学校を経て現職。教育界のノーベル賞と言われるGlobal Teacher Prize 2019において、日本人で初めてトップ10に選出され「世界の優秀な教員10人」に。
「桃鉄教育版」プロジェクトにエデュテイメントプロデューサーとして参加しており、同教材は、これまでに、10,000教室を超える学校に導入されている。
また、Forbes JAPAN(2026年8月号) アントレプレナーシップ教育特集でインタビューが掲載されるなど、次世代の教育を牽引する存在として注目を集めている。
著書に『世界トップティーチャーが教える 子どもの未来が変わる英語の教科書』(講談社)がある。
〔出典:公益財団法人日本漢字能力検定協会「ティーチャンネル」、『世界トップティーチャーが教える 子どもの未来が変わる英語の教科書』(講談社)〕
遊びに夢中だった正頭英和少年が、地球上最強の英語教師を目指すまで
―まずは、正頭先生のこどもの頃のお話からお伺いしたいと思います。先生はどのような少年時代を過ごされたのでしょうか?
本当に、よく「どんな英才教育を受けたんですか」「どんなヤンチャな時代を過ごしたんですか」と聞かれるのですが、ひたすら普通のこどもでした。とにかく遊ぶことに必死で、道具がなくても何か工夫して遊ぼうとしていましたね。あとは基本的にポジティブで、ほとんど悩まない性格でした。
―学校は好きでしたか?
はい。学校はとても楽しかったので、何となくですが、悩んでいる人や困っている人って、基本頭を使っていて賢いなと思うんです。僕はそんなに何も考えていなかったから、全てが楽しかったんだと思います。
―ポジティブで学校に楽しく通っていた少年時代ということですが、その後成長されて先生になられたきっかけは何だったのでしょうか?
こどもの頃、祖父が手書きでアルファベットを書いて教えてくれたのがきっかけで英語が好きになりました。祖父の膝に乗って、「えー、びー、しー」って言っていたのを覚えています。その後、外国語大学に進学しました。でも、英語が得意なはずだったんですけれど、初めて海外に行った時、自分の英語が全く通じなかったんです。
―それはショックですね。
そうなんです。それで、今だと笑ってしまうのですが、「これは教育が悪いんじゃないか」と思って、大学院に進んで教育の道を目指したんです。そして、そこですごく厳しい先生に出会いました。その恩師の著書に「私の夢は、地球上最強の英語教師を育てること」と書いてあったので、大学院を修了する時に「先生の夢、僕が叶えます。地球上で一番の英語教師になります」と宣言したのが大きなきっかけです。先生に一番も二番もないのですけれど…。あとは好きだった漫画の影響でバスケットボール部の顧問になりたかったというのもあります(笑)。
この世の全てはストライクゾーン!
―地球上で一番の英語教師になる宣言をされたエピソード、とても興味深いです!そうやって先生になられたのですが、最初から小学校の先生ですか?
いえ、最初は高校の英語の先生です。その後、中学校へ赴任し、念願のバスケットボール部の顧問にもなりました(笑)。その後、小学校に異動になり、現在に至ります。
―中学校と小学校では色々と違いがありそうですね。
はい。小学校の教員になってから、言葉選びを意識するようになりました。中学校の教員時代は授業の内容で勝負できましたが、小学校では休み時間や給食など、授業以外でこどもと接する時間が圧倒的に長くなります。そうするとコミュニケーションの量も質も大切なんです。

―コミュニケーションの量と質、大切ですね。ちなみに、言葉が伝わらない経験などはありましたか?
山ほどありました。一番印象に残っているのは、小学校に赴任して1年目の頃の話です。テスト中に寝ている子がいたので、全体に向かって「はい、最後までできることあるからね。諦めずにやりましょう。」と声をかけたんです。「回答を見直ししよう」という意味のつもりだったのですが、その子はパッと顔を上げて、必死に祈り始めたんですよ(笑)。 テストの後に理由を聞くと、「先生が『最後までできることがある』って言ったから、僕は最後まで祈り続けた」と。なるほど、私は「見直しをしろ」とは言わなかったなと気づき、そこから、言葉を選ぶ際に「言葉の解像度」を意識するようになりました。
―言葉の解像度、面白いですね。先生にとって「言葉」というのはキーワードですね。
はい。言葉は大切です。例えば、自分は、映画や本の中で出会って心にビビッときた言葉を大学ノートに書き留めるようにしています。いつ使えるかはわからないですが、この「響いた言葉のノート」は自宅に5冊ぐらいありますね。
―例えばどういう言葉がありますか?
ノートに書き留めている中で、2つほどあげると、1つは宮崎駿さんの「この世は生きるに値する」という言葉。もう1つはどこで聞いたのか忘れたのですが、「面白くないと思っているお前が面白くない」という言葉です。
―「この世は生きるに値する」。素敵な言葉ですね。もう一つの「面白くないと思っているお前が面白くない」というのは…?
これはけっこう意味が深くて、この言葉の下には、「この世の全てのものは二度作られる」と書いています。例えば、よく目にする水筒も、誰かが「こんなのがあったらいいな」と頭の中で作り、製品化したから存在します。きっと、水筒を作った人にとっては「保温できる入れ物」を考えるのが面白くて仕方なかったはずなんです。しかし、ある人から見れば「ただの水筒」になってしまいます。「ただの…」みたいに物事を捉えてしまうと、人生はつまらない。それに気づいた30代から、大体のことは面白いと思えるようになりましたし、そう思えるように、意識的に性格を変えました。今では「この世の全てがストライクゾーン」です。知らないことを知るのは本当に面白いです。
―「この世の全てがストライクゾーン」、良い言葉ですね。学ぶこと自体が楽しい!という感じが伝わってきます。
「学び」の入り口は、いつだって「楽しそう!」でいい
―それではここからは、キッザニアのコンセプト「エデュテインメント」を軸に、「学び」と「遊び」についても伺いたいと思います。
正頭先生の授業では、こども達が驚くほど没入していると伺います。「学び」と「遊び」をどのように繋げていらっしゃるのでしょうか?
大前提として、「遊び」と「学び」を分けているのは大人だけです。こどもにとっての基準は極めてシンプルで、「楽しそうだからやる」か「楽しくないからやらない」か、それだけなんです。 本来、知らないことを知る、できなかったことができるようになるというのは、人間にとって最高のエンターテインメントであり、いわば「贅沢品」だと私は思っています。
〔出典:京都私学振興会賞 受賞者(公益財団法人京都私学振興会)〕
―「学び」は贅沢品であり究極のエンターテインメントですか。
はい。ところが、それが「やらされる義務」になった瞬間に、学びは途端に輝きを失い、こども達は心のシャッターを閉ざしてしまいます。だからこそ、学びの入り口には「遊び」の要素、つまりワクワクする楽しい仕掛けが欠かせません。

―そのワクワクする仕掛けから得られる「学び」とはどんなものでしょうか。
私がよく使う比喩なのですが、学ぶことや知識を得ることは、この世界をより楽しく、クリアに見るための「眼鏡(レンズ)」を手に入れることなんです。 例えば、目の前にある山をぼんやり見ても「なんとなくいい景色だな」で終わってしまいますが、そこに「知識」という眼鏡をかけてあげると、視界が途端にクリアになります。「秋だから葉っぱが赤く色づいているんだね」と、解像度が劇的に上がるわけです。昨日まで素通りしていた景色が、知れば知るほど面白くなっていく。
―知識があることで、見える世界が全く変わるのですね。
そうなんです。この「眼鏡を手に入れる喜び」を一度知ったこどもは、放っておいても自ら学び始めます。これこそが、学習指導要領が目指す「主体的な学び」の本質であり、没入することによって生まれる「学びのエンジン」なのだと思います。だからこそ、まずは「楽しそう!」と思える入り口から入って、知的好奇心を満たすための「眼鏡」を渡してあげることが大切なのです。
デジタル時代における「挑戦のハードル」
―なるほど!ワクワクが主体的な学びにつながる、ということですね。
ということは、「知識の眼鏡」を渡す大人のサポートも重要ですね。
そうだと思います。あと、今のこども達は、手元のスマートフォンやタブレットを開けば、その中に楽しいものがたくさんあります。多種多様な動画が流れてきて、つまらないものは1秒で弾くことができます。つまり、楽しいかどうかわからないことに「挑戦」をしないことが、彼らにとっては合理的な時代なんです。
―挑戦することのコストが上がっている、ということでしょうか。
そうだと思います。なので、挑戦する理由がないからこそ、新しいことや学びについては、少なくとも入り口は楽しくしないと興味を持ってくれません。そのため、エデュテインメントはその興味のきっかけになって、その先にあるのが学問の本質である「探究」なのだと思います。エデュテインメントは挑戦のハードルを下げてあげる楽しいきっかけになります。
キッザニアを探究学習やキャリア教育の入り口に
―そのエデュテインメントはキッザニアのコンセプトでもあります。
キッザニアでの体験は、キャリア教育や探究学習の視点でどのような意味があるとお考えですか?
次期学習指導要領に関する議論の中で、「好きを育む」という言葉が出てきます。例えば、食べたことがないものを「好き」とは言えないように、「好き」を育む第一歩として、まずは色々なものを体験して、「好き」の可能性を広げる提案していくことが重要です。そのため、探究を深める前に、小学校時代は浅く広く体験の横軸を広げることが大事だと考えています。また、日本は数学の成績が国際的にもトップクラスなのに、「数学を使った仕事に就きたい」と考える割合が極めて低いというデータがあります。これは「自分の数学の能力が社会でどう役立つのか」という橋渡し、つまりキャリア教育が圧倒的に不足しているからです。
―多種多様な体験と併せて、職業への橋渡しが大切なのですね。
そうだと思います。また、キッザニアに来て「職業って色々あるんだな」「この仕事の裏にはどんな人がいるんだろう」と視野を広げることは、自己理解にも繋がります。
―自分の「好き」を見つけることが、自己理解だけでなく、他者への理解も深めるのですか?
ええ。例えばキッザニアで、宅配会社の仕事を何度も何度もリピートしている子がいました。

配達が心底面白くてリピートしている、これこそが「好きが育まれた瞬間」です。 自分が「好き」と思えるものを持っていると、「先生はピザが好きだけど、君は配達が好きなんだね」と他人の「好き」も許容できるようになります。多様性を受け入れるためには、まず自分が好きなものを持っていることが重要なんです。どんなAIの時代が来ても前向きに取り組めるような知的好奇心を育むためにも、まずはたくさんの体験を通して自分の「ストライクゾーン」を探ってほしいですね。

最初から高いハードルを課すのではなく、まずはこども達が「楽しそう!」と心動かされる入り口を用意してあげること。キッザニアは、正頭先生のこうした教育観に深く共感し、こども達が体験の幅を広げながら、自分だけの「好き」を自発的に見つけられる場でありたいと考えています。
この「楽しさ」を入り口にするアプローチは、正頭先生のお話にあった、世界をクリアに捉えるための「知識という眼鏡」や、こども一人ひとりの心の機微にピントを合わせる「言葉の解像度」といった考え方とも響き合います。大人が自ら世界を面白がり、こども達が見ている景色に想像を膨らませながら丁寧に向き合う。そんな姿勢を大切にすることが、こども達の好奇心を引き出すきっかけになるのではないでしょうか?
前編では「楽しさが学びに果たす役割」について伺いました。続く後編では、その学びを将来へと繋ぐ「夢」の捉え方、そして学校を「安全に失敗できる場所」にするための具体的な挑戦について、さらにお話を伺います。
『後編はこちら』
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